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謝罪を求める心理

2024.03.05

担当する事業所内で、従業員のお一人と面談する機会がありました。今時間があるから面談してほしいとの要望でしたので、そのまま話を聴くことになりました。直前まで機嫌よく仕事していらっしゃるように見えていたので、何が起こったのか…と戦々恐々。以前にもお話を伺ったことがあったので、できるだけフラットな気持ちで臨みました。聴いてみて、これはしかし…一筋縄ではいかないなあと心の中で苦笑いです。言葉の裏側にある、本人は気づいていない心の構造が見え隠れして、これは、本人が気づかない限り決着がつかないだろうなと思えたからです。

事の発端は、同じ事務所内で違う内容の仕事を担当する同僚の、直属の上司から届いた1通のメールでした。同僚の不在時にも、その方が担当する仕事の受付もするようにといった内容の告知でした。相談者には、受け付けなかった理由がありました。その同僚が自分にだけほかの人には言わないようなきつい口調で当たられるので、その同僚の代替はしないと決めているということでした。メールは返信せず、理由も話していないとのことでした。

同僚との間のわだかまり…。プレジデントというビジネス雑誌(2024.3.1号)で「あなたの悩みの種は誰か?」という1080人の読者を対象としたアンケート調査の結果が見事なまでに合致していました。悩みの種、1位は「同僚」。その理由の一つに「普通に話せばわかるものをいちいちキツイ口調で怒ったように話す」とあったのを前日に目にしていたものですから、ここまでなら、多くの人が感じていることがここでも起こっているのだな、という認識で話を聴くことができたのです。

しかしその後に、「自分はパワーハラスメントの被害を受けて傷ついている。とにかくその人に謝罪してほしい。自分が求めるのはとにかく謝罪だ」と語気を強められます。そして「自分の担当チームの上司か、そのまた上の上司から、その同僚に謝罪するように言ってもらいたいのだが、誰に相談するとよいか」というのが相談の内容だったのです。これだけに終始すれば、こちらから指示するまでもなく、相談者本人の心中に既に答えがありましたから、話を導くことで誰に相談するかを自身で決定するに至り面談も終了しました。できるだけニュートラルに心を保つよう心掛けて話をしましたが、ふとよぎった考えの後味が悪いまま、その後の時間が過ぎていきました。

謝罪を求める心の深層には、被害者意識を異常に強く感じたり、自尊心の低さゆえに謝罪されることによって自分が劣っていることを隠したい、人の上に立ちたいといった気持ちの澱みがあると言われます。そして、思い込みの激しさ。これは相談者の言葉の端々からも窺えましたが、思考の罠から逃れられないでいることを自覚できずにいるゆえに、謝罪を求める強い要求を通すことが自分の安寧を保てることだと無意識のうちに考えているのだろうな、と推察しています。

さらに、人を介して謝罪させようとするマニピュレーター的な思考。自己中心的で、ともすれば、同僚との関係性を一層悪くする方向に働きかねません。パワーハラスメントを受けたからパワーハラスメントでやり返す…的な構造にならないことを願うばかりです。相談者は同僚に対する積年の鬱憤があるのでしょう。おそらく同僚も同じです。お互いが他罰的な心でいるから常に平行線で交わらないのです。プレジデントのアンケート結果を地で行く状況を目の当たりにして、人間関係の悩みはどこにでもある。しかしながら、それが人間が人間たることの証なのかも、と感慨に耽る春の夜です。

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